英語の歴史 (英語の成り立ち)
 
英語は言語学的に言えばインド・ヨーロッパ語族のゲルマン語派に属します。同じゲルマン語派にはドイツ語をはじめオランダ語、デンマーク語、スウェーデン語、ノルウェー語、アイスランド語があります。英語は他のゲルマン諸語と比較して文法が簡素化しており語彙的にはフランス語の影響が目立ちます。
世界の共通語としての地位を確立した英語ですが500年ほど前までは、ブリテン島(イギリス本島)とアイルランド島で話される一言語にすぎませんでした。英語はどのようにして生まれ、そしてどのようなプロセスを経て現在のような言語になったのでしょうか。

ブリテン島にはじめから英語を話す人が住んでいたわけではありません。ゲルマン族が侵入する前はケルト人が支配していました。ブリテンという地名もケルト人の一部族の名前に由来します。5世紀の中頃にユトランド半島付近からゲルマン族のアングロ、サクソン、ジュートの3部族がブリテン島に侵入し、ケルト人を征服していきます。「イングランド」という地名はAngla+land(アングロ人の土地)が語源です。彼らの話していた言語が英語の原型にあたる言葉で、これを「古英語」(オールドイングリッシュ)と呼びます。古英語の文法は現代英語と比べるとはるかに複雑で、名詞の性も存在し、格変化もありました。古英語はドイツ語に非常に近かったと考えられます。現代英語では定冠詞はtheの一種類のみですが、古英語では18種類もありました。ちなみに現代ドイツ語には16種類の定冠詞が存在します。
 
8世紀後半からスカンジナビア半島に住むゲルマン系のデーン人が新たに侵入してきます。デーン人の話していた言語との接触で古英語の文法に変化が生じました。英語文法の簡素化はこの頃から始まり11世紀のノルマン人のイングランド征服以降、加速します。

1066年に起こったフランスのノルマンディー公ウイリアムによるイングランド征服により、イギリスは以後150年間ノルマン人の支配に入ります。フランス語はオフィシャルな場所で使われ、英語は大衆の言語という2重構造がここに生まれました。英語で生きた動物の「豚」はpigですが食卓に並ぶ「豚肉」だとporkです。実はpigは古英語起源の言葉でporkはフランス語起源の言葉なのです。同じように生きた動物の「羊」はsheepですが「羊の肉」はmuttonで、後者がフランス語起源です。食卓に関する言葉は上流階級の使用していたフランス語がそのまま残った、ということです。英語とフランス語が階層別に使われていた名残といえるでしょう。  

1204年、フランスとの戦いに敗北したジョン王はフランスの領土をほとんど失います。多くの貴族たちはイングランドに残る選択をとり、このあたりから彼らにイギリス人としてのアイデンティティが芽生えはじめます。その後、百年戦争(1337-1453)の際に敵国の言葉であるフランス語は権威を喪失し、公用語としての地位を失います。一方、英語は1483年にエドワード4世が議会での法案を初めて英語で起案するなど、その地位が向上しました。この間、大量のフランス語の語彙が英語に流入するようになります。英語が主流になるにつれ英語に不足していた語彙がラテン語、フランス語経由で入ってきたためです。文芸面ではチョーサーが「カンタベリー物語」などの作品を英語で残しています。英語の地位は確固たるものとなりましたが、文法的整備にはもう少し時間が必要でした。
 
この時期(1100-1500年)の英語を「中英語」(ミドルイングリッシュ)と呼びます。文法的に他のゲルマン諸語と比べて簡素化が進み、語彙的には大量のフランス語が流入しました。15世紀には大母音推移という現象が起こり、これ以降、発音とつづり字の不一致という英語特有の現象が起こる事となります。この時期に近代英語の原型はほぼ出来上がったと見ていいでしょう。

「近代英語」(モダンイングリッシュ)の確立に大きく貢献したのが印刷機の導入です。英語には多くの方言があり、印刷する際にはスペリングを固定する必要性がありました。そこで印刷地であるロンドン英語のスペリングが使われ、大量の印刷物を通してロンドン英語のスペリングが広がり定着しました。これによりロンドン英語が標準英語となるきっかけができたのです。多くの方言が濫立する中で標準英語という一定の基準が設けられたことにより近代英語は大きく前進します。また翻訳技術の進歩により庶民に無縁だったラテン語の書物も英語に訳されるようになります。聖書の英訳などはその代表例と言えるでしょう。文芸面ではシェークスピアが活躍しました。こういうプロセスを経て近代英語の文法スタイルは18世紀頃には整います。

絶対主義体制が固まる中でイギリスは北米、オーストラリア、インドなどを植民地化し「大英帝国」を築きます。これを機に英語圏が世界中に広がる素地ができました。中でもイギリスから独立したアメリカ合衆国の台頭がその後の英語の国際的地位に多大なる影響を与えたことは言うまでもありません。

英語圏は世界中に広がり、米語、英語、インド英語、オーストラリア英語…という風に様々な英語のタイプが生じました。英語の標準はイギリス英語という考えは薄くなり、それぞれの民族が独自の文化背景に溶け込んだ英語を話すスタイルが確立したと言えます。英語は当初から様々な言語の影響を柔軟に受け入れ、変化していった言語です。こういった歴史的背景に他民族に受け入れられる素地があったと言っていいでしょう。